Web Site Photo Essay Series “Shimura Hiroshi Cambridge Journal”
ケンブリッジ通信
  
第17号 ・ 2003年12
月30日発信 ・ 30 December 2003 Issue・ Vol.17

英国ケンブリッジに在住し、シルクスクリーン版画作家、映像アーティスト、ビデオ・エッセイストとして
創作活動を続ける志村博
が、日々の生活に根ざしたテーマを、映像と文章で綴る“映像エッセイ集”


発信元/写真・文・構成: 志村博



ピンク・フロイド+グランチェスター

哀愁漂う冬休み留守番カレッジ猫


北国の低い太陽に輝く
ブナの森



ピンク・フロイド+グランチェスター





●上の写真にカーソルを合わせると映像がロール・オーバーします。


2003年は、全世界で3000万枚以上を、売り上げた“ピンク・フロイド”のベストセラー・アルバム
「Dark Side of The Moon−狂気」の30周年にあたり、記念盤も発売されたらしい
。 私にとっては、
牛のジャケットの「Atom Heart Mother−原子心母」、“Grantchester Meadows”グランチェスターの
名曲が収録された「Ummagumma−ウマグマ」の方が馴染みがあり、70年代の思い出と重なる。

“ピンク・フロイド”は、60年代イギリスが生んだ世界的な「ミュージック・グループ」の一つである。
ビートルズのような健康的な明るさはなく、ローリング・ストーンズのような野性的な迫力はないが、
音楽性を鋭く追及し、前衛的で文学的で、若干の狂気を含み、反体制的でもあり、曲は華麗である。
最近、ちょっとした出来事から、改めてピンク・フロイドとケンブリッジの関係を、色々と調べてみた。

彼らが、ケンブリッジ出身のグループで、メンバーの一人が、今もグランチェスターに隠れ棲んでいる
ことなどは、聞いていた。 しかし、今回調べて驚くことが多かった。 なんと初期の重要なメンバー、
シド・バレットは、私が70年代に3年間在籍したCambridgeshire College of Arts and Technologyで、
アートを学び、学校で他のメンバーのデイブ・ギルモアたちと出会い、昼休みに練習していたらしい。

それぞれのメンバーが住んでいた場所も、私が街中に住んでいた頃の住所から、さほど遠くない。
キングス・カレッジで何回も演奏していたり、詩人ルパート・ブルックが、郷愁に駆られ詠った詩と、
“Grantchester Meadows”の歌詩が、同じ場所を同じような表現で綴っていることなどなど
。改めて、
ピンク・フロイドに思いを馳せたのは、グランチェスター・メドーでの、ある撮影現場との遭遇だった。



2001年8月上旬のことだった。 突然、グランチェスター・メドーのど真ん中に、撮影用の野外セットが
出現した。 大きな窓がある壁が2面、日除けの暗幕、メイドのコスチュームの女性と半裸の男性が、
セット内にいて、その周りでは、数人の撮影クルーが、照明用ライトの調整などをしていた。 それは、
一種異様な光景だったが、ピンク・フロイドの新しいCDジャケット用の写真撮りと聞いて、さらに驚いた。

撮影セットは数日に亘って、メドーに組まれていた。 撮影中は度々覗きに行き、撮影クルーとも話した。
監督している中年のおじさんが、写真家“ストーム”で、ピンク・フロイドのテーマ的な写真を、長年、
撮り続けている事などを知った。 この時の写真は、数月後に発売された“The Best of Pink Floyd”
「Echoes」のジャケットになったが、窓越しに小さく見えるのは
紛れもなくこの日のメドー風景だった。



2003年9月中旬、再びグランチェスター・メドーで不思議な光景に出会った。 今回は3人だけだったが、
半球状の鏡2面を、風景の中に置いて撮影している。 その一人は、
やはりあの写真家“Storm”だった。
しばらく、面白がって見ていたが、半球状の鏡を固定するのが大変そうだったので、手伝うことになった。
秋にパリで開かれる「ピンク・フロイド展」のポスター用写真の撮影で、その日の午後は彼らと過ごした。

今年8月は、ヨーロッパに熱波が到来して暑い日が多かったが、9月は熱波も収まり、爽快な日々だった。

抜けるような青空で撮影は順調に進み、メドーで寛ぐ人たちも私も、風景と一緒に、丸い鏡に映りこんだ。
後で調べて判ったことだが、この“嵐”と名がつく写真家(Storm Thorgerson)も、ケンブリッジ出身で、
60年代初め、シド・バレットと同じ学校に通う友人だった。 彼もピンク・フロイドの重要メンバーなのだ。



ページ・トップに戻る





哀愁漂う、冬休み留守番カレッジ猫





●上の写真にカーソルを合わせると映像がロール・オーバーします。


ケンブリッジ大学の“冬休み”は長い。 12月中旬から1月初めまで、半月以上がクリスマス休暇となる。
休みの期間中、学寮であるカレッジからは、住人である学生や教官は、ほとんど姿を消す。 学生たちは
原則的に追い出される。 夏休みの間は
観光客や夏季講座の滞在者で賑わうが、冬休みは空になる。
クリスマスも終わり、2003年も押し迫った頃、カレッジの中を歩き、石畳の廊下で、一匹の猫と出会った。

初めて出会う“カレッジ猫”であるが、首輪についている名札で、「リチャード」君であることが、わかった。
リチャードは、誰かを待っていた。 時たま人が通りかかると“待人”かどうか確認するように呼びかけた。
しばらく、私に付き合って、大人しく抱き上げられていたが、それでも、通りかかる人が、気になっていた。
飼い主が
学生なのか教官なのか判らないが、みんなが姿を消した広いカレッジ構内は寂しいのだろう。



私としばらく遊んだ後、
いくつかのステアケース(居住部への入口)を、順番に見て回っていた。 餌は、
ポーターか誰かに、毎日貰っているのだろうが、可愛がってくれる学生たちの帰りが待ち遠しいのだろう。
みんなが帰ってくるまで、まだ1週間ほどあるけど、もう少しの辛抱だよ。 頑張れよな、リチャード!



北国の低い太陽に輝くブナの森





●上の写真にカーソルを合わせると映像がロール・オーバーします。


ケンブリッジに住んでいると“ブナ”の木がとても多いことに気が付く。 アトリエの庭には、ブナの大樹が
そびえ、近くには、ブナの森もある。 イギリスの植生を調べたら、なんと、ケンブリッジはブナが自生出来る
北限になるそうで、夏の気温が、ブナの実が生るかどうかの決定要因になっている。 イングランド南部の
コッツウォルド、ケント、サリー州にもブナは多く、石灰岩や白亜質の傾斜地で、他の樹木を圧倒している。

ブナは庭木としても人気があり、ガーデン・センターでは苗木が売られ、ブナの生垣は定番となっている。
チョークを多く含む白亜質の土でも良く育ち、病気にも強いらしい。 葉の形に個性はないが、葉肉が薄く
表面につやがあり、透過光が美しい。 春は薄緑色、夏は濃緑色、秋は薄茶色と、四季変化しながら輝く。
美しい花が咲くわけでもなく、美味しい実が生るわけでもないが、葉の美しさが、人々の心を捉えている。



ブナの木を下から見上げると、枝が重なり合った部分でも、透過する光が、様々な変化を見せて降り注ぐ。
1本のブナは大きな傘を広げたように枝葉を伸ばし、ブナの群生は幹を伸ばし、天蓋のように葉をつける。
葉の密度が高いので、地上に達する光は僅か20%、ブナ林の地表に生育する植物は、ごく限られている。



ブナには雄花と雌花があり、5月から6月にかけて咲く。 派手な花弁などなく、かなり地味で目立たない。
秋には“どんぐり”のような実が、たくさん出来て、木の下は実と鞘で覆いつくされる。 かつては、重要な
家畜の飼料となっていたが、今日では、一部の地域のみで、豚を秋のブナ林に入れて、放牧するらしい。



ケンブリッジ市中心から、南東約5kmにある“ブナの自然保護林”は、知る人ぞ知る、人気の場所である。
特に葉が黄金に色づく秋は素晴らしく、天気さえ良ければ、毎日のようにカメラを片手に、出かけている。
1840年に植えられたブナが成木に育った人工林で、緩やかな傾斜地にあり、射し込む夕日に森は輝く。



カレッジの敷地にも、ブナの大木が聳えている。 まるで、カレッジの歴史を語るように、樹齢200年以上の
枝を広げて
存在を誇示している。 緑陰は庭や川面、カレッジの橋を覆い、ケム川を行き交う平底舟にも、
その大きな影を落とす。 葉が色づき始める秋のブナは、夏の盛りの深緑よりも明るく、輝きを増してくる。



 ページ・トップに戻る




 
写真・記事の無断転載はご遠慮下さい。 Photo, Essay & Web Design by Hiroshi Shimura