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Site Photo Essay Series “Shimura
Hiroshi Cambridge Journal”
第18号 ・ 2004年3月20日発信 ・ 20 March 2004 Issue・ Vol.18 |
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英国ケンブリッジに在住し、シルクスクリーン版画作家、映像アーティスト、ビデオ・エッセイストとして 創作活動を続ける志村博が、日々の生活に根ざしたテーマを、映像と文章で綴る“映像エッセイ集” 発信元/写真・文・構成: 志村博 夢と現れ、夢と消え行く、早春雪景色 さよなら“リバースデール”別れ前夜 魚眼レンズに歪んで映える早春風景
![]() ![]() ●上の写真にカーソルを合わせると映像がロール・オーバーします。 2003年1月末に、10年ぶりの積雪があった時の様子を、“ケンブリッジ通信・14号”に、掲載している。 今年も、早春に降雪があった。 昨年に比べれは積雪量は少なく、翌日には、解けてしまったのだが、 ちょっとした“事件”であった。 前回は、僅か10cmの積雪で、交通大渋滞を引き起こし、高速道路も 閉鎖となり、道路上に一晩取り残された車両が続出した。 その事は、後に大きな社会論議を呼んだ。 昨年の積雪による混乱の記憶が、新鮮だったため、人々は過剰反応を起こした。 降雪予報が出ると、 数日前から、積雪に対する注意が繰り返し報じられた。 雪が降り始めた午後、多くの学校が生徒達を 早々に帰宅させた。 会社も社員を早退させる所が多く出たため、積雪の前に、交通渋滞が起こった。 実際は大した積雪ではなかったのに、翌日は通勤自粛が認められ、どこも臨時休業の有様であった。 ケンブリッジに住んで、今年で30年目になるが、前半15年間の記憶を手繰ると、冬はもっと寒かった。 ヨーロッパ大陸を、大寒波が襲った年などは、ケム川が凍り、その上を人々が歩いて川を渡っていた。 そんな冬のエピソードは、遠い“昔話”になってしまったようだ。 地球温暖化の波は、ここにも急激な、 影響を及ぼしているのかも知れない。 あの美しい樹氷風景や、凍結の極寒冬景色は、今も忘れ難い。
積雪の光景は、平凡で暗いイメージの冬景色を、一挙に明るくする力があるのだろう。 みんな、カメラを 持ち出して、雪景色の撮影に夢中になっている。 今年の雪は、気温があまり下がらず、樹氷現象は全く 見られなかった。 枝や草に積もった雪は、真綿のようにふわりと上に乗っているだけで、風で揺れると、 落ちてしまう。 残った雪塊も、日が昇り気温が上がると、次々と解けてしまった。 儚い雪景色であった。
積雪があった翌日の昼過ぎ、いつものグランチェスター・メドーに出かけた。 丘の雪は、どんどん解けて、 所々、もう草が現れている。 しかし、人々は未練がましく、少ない雪と戯れている。 無心に雪を丸めたり、 残っている雪面を探しながら、そりを走らせる子供達、それに大人も加わり、歓声あげて、はしゃいでいる。 平日なのだが、これだけの雪で、多くの学校が休校になったので、子供達にとって最良の休日になった。
我家から数分歩いて、散歩道に出ると、ケンブリッジとロンドンを結ぶ鉄道線路が、畑の向こうに見える。 田園風景の中を、電車が疾走する姿は、とても絵になるのだが、雪の降った翌朝は、ちょっと違っていた。 昇る朝日が、雪面を輝かせ、畑の水たまりも凍って光を反射している。 望遠レンズで、走る列車を追うと、 線路に積もった雪を巻き上げ、雪煙が尾を引いている。 その雪煙が朝日に輝き、“ジェット列車”である。
どうも、この積雪に、はしゃいだのは人間達だけではなかったらしい。 薄っすら積もった雪面に、様々な 野生動物の足跡が残されている。 野兎や、雉は一見して判るが、不可解な足跡が、庭を横切っている。 その痕跡から、“一匹”がはしゃぎながら、跳ねたり、体を雪に擦りつけたりしながら、通り過ぎたらしい。 この辺りに野良犬が居る筈ないし、猫の仕業とは考え難い。 以前、鉢合わせした、あの狐に違いない。 ページ・トップに戻る |
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![]() ![]() ●上の写真にカーソルを合わせると映像がロール・オーバーします。 15年以上にわたり深い縁で結ばれ、私のアトリエ工房としても長年馴染んできた“リバースデール”と、 ついに別れの時がきた。 様々な思い出が、たくさん詰まった庭と建物は、ケンブリッジから南に約3km、 グランチェスター丘陵の麓に建つ歴史的な“館”である。 “リバースデール”(Riversdale)は、屋号で、 「河畔邸」とでも言うような意味で、グランチェスター・メドーを流れるケム川に近く、周辺は田園が広がる。 グランチェスターへの思いは、私がケンブリッジに移り住んだ30年前から始まった。初期の版画作品の ほとんどが、グランチェスター・メドーをテーマにしたものである。 リバースデールと共に過ごした期間は、 私の全在英期間の約半分で、とても充実した15年間であった。 向かいのティー・ガーデン・オチャードや、 ブラッカー博士のカヌー、アーチャー家+愛猫達との付き合い、朝夕のメドー散策など、枚挙に暇がない。 今後も、グランチェスターとの関わり合いは、変らないが、リバースデールとの別れは、とても寂しく感じる。 屋敷は大きく古典的な家だったので、次々と修理箇所が出てきたし、庭も広大で、手入れが大変だった。 ハトやリスたちは屋根裏に入り込むし、モグラは芝生を穴だらけにする。 そんな出来事も今は懐かしい。 この館の300年近い歴史の一端を担った充足感もある。 一つの時代が終り、新しい時代の到来である。
この撮影をしたのは、すべての明け渡し作業を終えた真夜中である。 屋内と庭の照明を全て点けて、 ベランダや上階の窓からの夜景、庭の各コーナーを、一人思い出に耽りながら、カメラに収めて行った。 冬の曇り空に、遠く街の灯が赤く反映して、怪しくも幻想的であった。 撮影を終えて照明を消したのは、 午前2時半になった。 急ぎ準備をして、未明日本に発つため空港に向かった。 忘れ得ぬ一夜である。 |
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![]() ![]() ●上の写真にカーソルを合わせると映像がロール・オーバーします。 魚眼レンズは、焦点距離が極めて短い超ワイドのレンズである。 通常は焦点レンズによって平面上に、 出来る実像は、周辺部に歪み(コマ収差)を生じるのだが、レンズの組み合わせなどで、修正されている。 短焦点レンズほど、この歪みが出やすく、魚眼レンズでは、射角が180度に近づくほど画像は大きく歪む。 魚の目に映る風景が、どれほど歪むのか不明であるが、凸レンズ面が飛び出していて魚眼のようである。 昨年の1月から2月にかけて高性能デジタル一眼レフ・カメラ“EOS-1Ds”と魚眼レンズを使う機会を得た。 1100万画素のフルサイズCCDは、魚眼レンズの超広角性能を100%発揮することが出来る。 早春の日、 カメラに魚眼レンズを装着してキングス・カレッジやグランチェスター・メドーなど、馴染みの場所を歩いた。 魚眼レンズを通して映る像は、見慣れている建物や風景を丸く歪ませ、新鮮な感動でシャッターを切った。
魚眼レンズによる写真撮影は、学生時代からよく行っていた。 当時は、本格的な魚眼レンズは高価で、 手が届かず、“魚眼コンバージョン・レンズ”なるものを、通常のレンズの前に取り付けて、撮影していた。 今思えば、私の写真が始めて出版物に掲載されたのは学生時代で、大阪万博の公式写真集であった。 会場内で、ひときわ目を惹いた“ソビエト連邦・パビリオン”の建物を魚眼レンズで歪ませた写真である。 ページ・トップに戻る |
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