Web Site Photo Essay Series “
Shimura Hiroshi Cambridge Journal”

ケンブリッジ通信
  
第20号 ・ 2004年9
月25日発信 ・ 25 September 2004 Issue・ Vol.20



1975年以降、英国ケンブリッジに在住し、版画作家、映像作家、エッセイストとして
創作活動を続ける志村博
が、
映像と文章で綴る ウェブ・サイト・エッセイ・シリーズ


発信元/写真・文・構成: 志村博



ケンブリッジ通信20号 記念増刊版



アトリエ公開、作家たちの個性光る生き方

自由奔放!にぎやか“ガチョウ群団”百態

アーチャー家、寛ぎのサマー・パーティー



アトリエ公開、作家たちの個性光る生き方





●上の写真にカーソルを合わせると映像がロール・オーバーします。




1975年に始まったアトリエ公開“ケンブリッジ・オープン・スタジオ”は、今年ついに30周年を迎えた。
私が始めてケンブリッジに来たのも、1975年! 不思議な縁を感じる。 この“オープン・スタジオ”は、
ケンブリッジ市やその周辺地区のアーティストたちが、アトリエを一般に公開するイベントで、今年は、
画家、彫刻家、版画家、写真家、工芸家たち、約300人が、約200ヶ所のアトリエで作品を披露した。

毎年、7月4回の週末がその期間にあてられ、作家によって公開日は異なる。 はじめの数年間は、
私自身まだ学生で、7月はヨーロッパ大陸に出ていたので、この素晴らしいイベントを、知らなかった。
1980年代から、毎年7月は“オープン・スタジオ”を回ることが、私の重要な年中行事の1つとなった。
当初、公開されるアトリエ数は少なく、移動手段も自転車しかなかったが、すべてが新鮮で熱中した。

この“アトリエ公開”に参加するアーティストたちは、有名・無名、プロ・アマは問われず、参加費用を、
支払えば、誰でもアトリエ公開リストに登録され、決められた期日に各自のアトリエを一般公開できる。
入口に黄色の旗を掲げ、仕事場では自分の作品をアピールして、必死に売り込むアーティストもいる。
作品の質は玉石混合であるが、個性が光り、無名でも素晴らしい可能性を秘めた作品にも出会える。

ここで知り合ったアーティストたちも多く、彼らの活動や行き方は、当時の私にとって、衝撃的であり、
多大なる影響を受けた。 多くのアーティストたちは、自宅とアトリエを兼ねていて、その生活ぶりにも、
触れることができた。 彼らとの交流がなかったら、恐らくイギリスに留まって創作活動する今の私は、
あり得なかっただろう。 それ以前は、私自身が“アーティスト”になることなど、考えたこともなかった。



今年は、久しぶりにリラックスした7月だったので、4回の週末すべてを“オープン・スタジオ”で過ごした。
訪れたアトリエは、100ヶ所を超えた。 ケンブリッジ市内から、
遠く離れた郊外も車で走り回った。 深く
感銘を受け、2回以上訪ねたアトリエもあったし、気の合ったアーティストとは、長時間話し込み再会を
約束した。 写真を撮らせてもらったアトリエや作家には、後で写真をネットで送ったり、持参したりした。

毎年アトリエ公開する顔ぶれは変るので、新鮮な驚きがあるし、この機会に訪ねる作家
友人もいる。
写真
は、ゴードン・ショーさん、30年前は、ケンブリッジのアート・カレッジで、デザインを教えていて、
なんと“私の先生”だった。 写真中は、サリー・ヒプキスさん、彼女のアトリエは、なんと、玄関ホール!
写真右は、古い友人で、墨絵画家のピーター・カバチウチさん。 慣れた手つきでお茶を入れてくれた。



グランチェスターの丘に、アトリエを構える陶芸家のエラスペス・オーエンさん。 近所なので顔なじみ、
メドーの散歩でも、
出会う。 彼女の作品全体のテーマは“自然・大地”で、単なる陶芸作品と言うより、
モダン・アートに近い。 アトリエは木造の小屋、いたる所にくもの巣が張っていて、様々なオブジェが、
テーブルに置かれ、壁にも掛っている。 アトリエ全体が、彼女の作品のようで、不思議な空間である。




ケンブリッジから南東約15km、ヒルダーシャム村に住む彫刻家のキャロル・シンクレアさんの庭には、
ケム川上流のグランタ川が流れている。 その庭の一角にある“離れ”が彼女のアトリエになっていて、
しっかりしたコンクリートの床、白いブロックの壁、作品のイメージとも調和している。 自然の石や木が
素材になり、金属や陶板と組み合わされシンプルで力強く、洗練された造形美の作品が庭にも並ぶ。



ケンブリッジで版画工房を運営するジェームス・ヒルさん。 彼も版画作家で、私と同じシルクスクリーン
版画を長年やってきた仲間でもある。 私とは作風が違い方向性も異なるが、昔から技術的な情報を、
交換し合ったりして交流が続いている。 彼の工房には多くのアーティストが集い、様々な版画技法で、
版画作品を生み出している。 古いビクトリア時代の“プレス”が、工房の一角に守護神のごとく聳える。



ケンブリッジから西へ約10kmのトフト村に、彫刻家ジョン・マックギルさんのアトリエがある。 彼とは、
数年前に、オープン・スタジオで知り合った。 初めて彼のアトリエを訪れた時、シュールな作品群と、
大きな古い納屋を改造した住居兼アトリエに、感銘を受けた。 古代造形の復古を目指し、不気味で、
グロテスクな形状は、妖しく魅力的である。 マックギルさんは人なつこく、話好きの優しいオジサン。



木彫家のリチャード・ブレイさんは、ケンブリッジから東約10kmのグレート・ウィルバーシャム村に住み、
家の前は、村のクリケット・グランドで、裏庭が仕事場になっている。 道具類などが、整然と壁に掛った
庭小屋があって、広い庭のあちらこちらに作品が設置されている。 細長い木彫の足元に、ハンサムな
黒猫がいたので、一緒に撮影して「猫ページ」に掲載中。 アーティストが飼っている猫たちも、絵になる。


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自由奔放!にぎやか“ガチョウ群団”百態






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ケンブリッジの中心部を流れるケム川は、市内から上流域と下流域では、川幅や周辺環境が異なる。
下流域は動力付き船舶の航行が許され、カレッジ対抗の追撃ボート・レースなども行える川幅があり、
中世以降、重要な水上交通ルートとして賑わった。 しかし、上流域はグランチェスター辺りから地形も、
起伏が生まれ、牧歌的風景になってくる。 ケンブリッジとグランチェスターの間に“ニューナム”がある。

私が街に出かける際は、ニューナム地区の駐車場に車を止め、川沿いの小道を10分ほど散歩しながら
市内に入る。 この駐車場近くの川筋で、ガチョウの一群によく出会う。 私がケンブリッジに住み始めた
30年前から見かけていたので、この辺りの家で代々飼われているのだろう。 昼間は全くの放し飼いで、
川辺や公園の中、時には小道をふさぎ“通せんぼ”をしている。 傍若無人、犬が来ても群で追い返す。

いつも10数羽の群で行動し、目撃される範囲から彼らの縄張りは川筋250mに及ぶ。 向かう所敵なし。
白鳥たちも彼らの前では遠慮している。 夜帰る“棲家”はどこだろう? 駐車場近くで、1羽のガチョウを、
自転車の前かごに乗せて走っている“オバサン”を見かけた。 きっと、そのご婦人が飼い主だと思うが、
絵本のように微笑ましい光景だった。 野生にはない、おっとりした体形に愛嬌があり、写真映りも良い。



川沿いの公園では、芝生を啄ばんでいたり、隣接したメドーでは、牛たちと一緒に牧草を食んでいる。
公園に遊びに来る人たちから、パンをもらっていることもある。 草の上や小道で寛いでいることが多く、
牛が反芻するように、食べた草を消化しているようだ。 道端ですっかり眠りこけているガチョウもいて、
近くを通る人や犬の方が、気をつかっている。 彼らはこの辺りの人気者で、苛めたりする人はいない




川岸で昼寝をしていたガチョウ群団は、突然全員で水浴びを始めた。 その騒がしいこと、半端じゃない。
羽を大きく広げ伸びをしたり、羽で水面をばたつかせながら、所狭しと走り回り、水をはね飛ばしている。
そのうち、次々と“でんぐり返し”を始めた。 これが面白い! 前まわりに一回転する。 逆さま状態では、
足が上に出て、お尻丸出し。 ついには“潜水泳ぎ”まで始めた。 すごいパワー! 犬も遠慮するはずだ。



アーチャー家、寛ぎのサマー・パーティー





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1990年代初めの頃、私はケンブリッジの文化や歴史をテーマにした“ビデオ・エッセイ”番組制作に、
夢中になっていた。 私一人で企画から取材・撮影・編集を行う、独断かつ趣味的な番組シリーズで、
グランチェスターを愛した詩人“ルパート・ブルック”も取り上げた。 その制作にあたり、人気作家で、
政治家でもあり、隣人のジェフリー・アーチャー氏と、奥方のメアリー・アーチャー女史に協力頂いた。

そんな事を契機に、アーチャー家のパーティーに招待されるようになった。 その当時、ジェフリーは、
ミリオン・セラー作家としてだけでなく、政権を担う保守党の重鎮としても活躍し、また、スキャンダル
事件の中心人物として、メディアに追い回される状態だった。 パーティー当日、警察車両が周辺を
警戒し、報道陣が門前に詰めかけ、普段は静かなグランチェスター村も、物々しい雰囲気になった。

その頃のゲストは、怱々たる顔ぶれであった。 時の首相ジョン・メイジャー氏をはじめ、マーガレット・
サッチャー元首相などの政治家や、テレビでしかお目にかかれないような芸能人もいた。 もちろん、
地元の文化活動の仲間たちや、大学関係の友人たちもいたのだが、ゲストとして、撮影などできる
状況ではなかった。 VIPゲストはそれぞれボディ・ガードを伴い、目も眩むほどの豪華な“宴”だった。

ちょっと場違いなゲストの私も、アーチャー夫妻は暖かく迎えてくれ、次々と“セレブ”な友人たちに、
引き合せてくれた。 宴の途中に、ある保守党の有力閣僚が、私のアトリエに来てくれたこともある。
報道陣が待ち構える門を出入りするのは、めったにない機会で面白く、その日の ニュース映像に、
VIPと一緒に映っていることもあった。 毎年1回、とても現実離れした“特別の時間”を過ごしていた。

その後、私の日本滞在日程と重なり、出席できないこともあったが、ほぼ毎年、素敵なゲストたちと、
“夏の一日”を、アーチャー邸で語らい過ごした。 しかし、ジェフリーは偽証事件で収監されてしまう。
何年か中断したが、ジェフリーは戻り、アーチャー家の“サマー・パーティー”は復活した。 招待状が
届いた時は、うれしかった。 今回は、執拗な報道陣もなく、寛いだ雰囲気で、とても楽しい宴だった。



今年のパーティー日は、あいにくの曇り空だった。 次々と到着したゲストたちは、邸宅裏手の芝生で、
飲み物を片手に、音楽を聴いたり談笑をしたりして、しばし寛ぐ。 私も、時々話の輪から離れて
広い
庭の散策や
撮影を楽しんだ。 その後、庭の北側に設けられた“大天幕”に移り、午餐が振舞われた。
生牡蠣、ロブスター、ロースト・ビーフなど好き嫌いのない私は、メニュー
すべてを賞味させて頂いた。

庭には、新顔のオブジェが加わっていた。 “野うさぎ”の彫刻は絶妙の場所で辺りを伺い
、街中では、
見かけなくなった赤い“電話ボックス”を、
茂みの中で見つけたときには、ジェフリーの仕業だなと分り

笑ってしまった。 私の親友でもあるアーチャー家の愛猫“オリバー”も、大勢のゲストに動じることなく、
悠々と庭を横切り、相変わらずの“狩猫”らしく、花壇の奥の“ブラック・バード”が気になるようだった。


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