ケンブリッジ通信 22号  発信:志村博  フォト・エッセイ・シリーズ Cambridge Journal

第22号 ・ 2005年3
月25日発信 ・ 25 March 2005 Issue・ Vol.22


1975年以降、英国ケンブリッジに在住し、版画作家、映像作家、エッセイストとして
創作活動を続ける志村博
が、
映像と文章で綴る ウェブ・サイト・エッセイ・シリーズ





ケンブリッジ、桜満開・春爛漫!




永遠に失われる?“赤外線風景”




“バイロン淵”を自然保護区域に、









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桜は日本の象徴的な花の一つである。 春の訪れと共に一斉に咲き、春の嵐に一斉に花を散らす。
桜の風景は日本の春の風物詩であり、日本的精神や美意識を表象する花で、花見は日本古来の
風習でもある。 “桜前線”なる言葉があり、天気予報と同等の重要性があるがごとく、移動予測から
移動状況までが、各種メディアで報道される。 それほど、日本の生活文化に密着している花である。

桜の季節に、日本に行くと得したような気分になる。 しかし、イギリスにいても“お花見”は出来る。
ケンブリッジにも桜は多い。 街路樹としても使われているが、庭木として人気があり、様々な種類の
桜が、いたる所に植えられている。 我家の庭にも桜の木がある。 20年前に小さな苗を植えたのが、
大きくなりすぎて、隣家の屋根を越えるようになったので、去年、枝を切り落とし、高さを半分にした。

イギリスの気候は、桜・梅・桃・アーモンドなどの総称である“プルナス種”に適していると思われる。
日本でランドスケープ・デザイナーをしている友人が、我家を訪ねた際、庭木の桜の周りに、落花が
見られることに驚いていた。“落花”現象とは、自然に落ちた実から発芽して、小さな苗が育っている
状態で、友人が暮らす北海道では、見られないそうである。 積雪がなく、穏かな
が要因であろう。

プルナスは、じつに多くの種類があり、1月下旬から5月まで、様々なプルナスの花が咲き乱れる。
“桜”は3月下旬から4月にかけて開花する。 庭木として人気があるのは、ほとんどが日本品種で、
カンザン、シダレ、アマノガワ、シノタエなど、日本名のまま苗が売られている。 特に“カンザン”が、
ケンブリッジの土壌に合っているのか、
病気にも強いようで、花をたくさんつけた
大樹をよく見かける。

しかし、同じ日本品種の“桜”でも、日本とイギリスでは、花の咲き方が全く違うことに気がついた。
イギリスの春の進行は遅いので、開花の時期が日本と比べると長い。 桜前線が通過するように、
一斉に咲いて、一挙に散ることはない。 春一番も吹かず、一進一退で、のんびりした気温変化に

開花した花は、しぶとく咲き続ける。 カンザンは花と一緒に葉も出るので、桜と桜が混在する。



グランチェスターも、桜の木は多い。 私の
気に入り桜は、パブ「グリーンマン」の裏庭に咲く“白桜”と、
ティー・ガーデン「オチャード」のパビリオン前で咲く“カンザン”である。 両方とも花が大きく、花弁が
八重なので、満開になると
、枝がほとんど見えなくなる。 かつての、アトリエの庭にも、私が植えた
“カンザン”があって、最近やっとたくさん花をつけるようになったのだが、今年の春は、どうだろうか?



ケンブリッジ街中の桜も、日本とは違う趣きがあって良い。 特に中世の街並みやカレッジを背景に、
咲き誇る桜花は、特に誇らしげで、立派である。 ほか
の桜とは“格”が違うように、錯覚してしまう。
日本のお花見ではないが、桜を見ながら川岸でサンドイッチを頬張る人たちや、パント(平底舟)で、
満開の桜花を愛でる観光客など、暖かい陽射しを浴びながら、みんな“春の到来”に浮かれている。





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赤外線映像による幻想的なモノクローム風景は、私を魅了して止まない。 空は遠く宇宙に続くように
暗く深く抜けて、雲は不思議な質感と立体感で浮ぶ。 草木は、柔らかく光を受けて、個性豊かに輝く。
そんな赤外線映像の写真を学生時代から楽しんできた。 最近は、作品として展覧会サイトなどで、
機会あるごとに、紹介している。 しかし、今年の春、日本に行った際に、ちょっとした“衝撃”が走った。

いつものように赤外線フィルムを買おうと、販売店に出かけたら、棚に見当たらない。 所在を
店員に
尋ねたら、「メーカーが製造を中止して、もう在庫がない」とか! あきらめきれずに、都内の販売店を、
いくつか周り、残っていた僅かな在庫を買い集めた。 しかし、フィルムはなま物で、使用期限がある。
製造再開されない限り、ストックしているフィルムを使い切ったら、赤外線フィルム撮影は永遠に終る!

他のメーカーでも、特殊分野用に製造しているのだが、使い慣れていて安価な“赤外線フィルム”は、
もう、入手できない可能性が強い。 “銀塩写真から、デジタル写真へ”予想した以上のペースで移行
した今日、私がフィルム・カメラや、フィルム現像設備を維持している理由が、この赤外線映像である。
あるカメラ・メーカーに“赤外デジカメ”の開発を提案した。 しかし、CCDの構造上、当分は無理らしい。



去年の夏、ケンブリッジの中心部で、赤外線撮影を何回か試みた。 見なれたカレッジや川の光景が、
夢の世界のように、浮び上がった。 もとより、時空を超えたカレッジ風景は、より強烈に時間軸を戻し、
タイム・スリップしてしまったようである。 もしも、人間の視覚に可視光線の幅を自由に変える能力が、
あったら(最新ハイテク機器を使えば可能)、視覚を調整して、赤外線世界の中を歩いてみたいと思う。



ケンブリッジ周辺に広がる田園風景を、赤外線フィルムで捉えてみた。 グランチェスターのケム川筋で、
カヌーに乗って川面に近い視角から、水に映る風景を撮影したり、牛が草を食む牧草地では、輝く草と、
深い大空のコントラストを想定してカメラを向けた。 郊外に広がる菜の花畑や、ポプラの大木の光景の、
面白さは、実際にフィルムを現像してみるまで分からない。 想像しながらの現像も、楽しい作業である。





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グランチェスター・メドー辺りから、ケム川を上流に1kmほど遡ると、片岸が森になった川筋に到る。
川幅は一部で狭くなり、木々の枝が川面に覆いかぶさって、ちょっとした秘境のような場所になる。
これは、堰で止められた水量の多くが、ミル(旧水力製粉所)に続く水路へ流されるからであるが、
独特の川風景を生み出している。 私がカヌーで川散策し、四季折々の撮影を楽しむ場所でもある。

この一帯は“バイロンズ・プール”と呼ばれている。 かつて、詩人バイロンがこよなく愛した自然で、
堰周辺は、川幅が広くなっているので“プール”と言われ、バイロンがそこで泳いでいた訳ではない。
しかし、英国で一番ハンサムな詩人“ルパート・ブルック”と、女流作家 “バージニア・ウルフ”が、
月明かりの中、全裸で泳いだ川筋で、ラッセル、テニソン、ワーズワースが散策した森林でもある。

2005年1月31日、この川筋と森が、ケンブリッジ市の重要な“自然保護区”として正式に認定され、
新たな整備が始まった。 近年、イギリスの各地方自治体は、地元の自然環境保全策を強化した。
ケンブリッジ通信17号で紹介した“ブナの自然保護林”と同じく、一般の人々が自由に立ち入れる
身近な“自然環境”として、グランチェスター・メドーや川に沿ったフット・パス改善にも予算を割いた。

これらの土地は、あくまで私有地である。
自治体は土地を買い上げて、公共地とするのではない。
1949年!に制定された、“一定のカントリー・サイド区域へ、一般の人々が立ち入る際の法令”に、
基づいているらしい。 ケンブリッジ市は、認定した地域のありのままの自然環境を保全・管理して、
市民が安全に歩けるように、小道などを整備しつつ、自然が破壊されないように、監視もしている。




バイロンズ・プールは、イギリスの田舎に行けば、どこにでもあるような、何気ない森と川の風景である。
木々の間を歩き、対岸の並木を通して空を眺め、川面をカヌーで進む、そんな些細なことで心は安らぎ、
人々は元気になる。 公園でも庭でも、いつでも、自由にアクセスできる自然環境が、身近にあることは、
とても、大切なことである。 私は光の美しい瞬間を求めつつ、カメラ片手に森を歩く。 至福の時である。





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