Web Site Photo Essay Series “Shimura Hiroshi Cambridge Journal”
志村博のケンブリッジ通信

第 3号 ・ 2000年5月15日発信 ・ 15 MAY 2000
・ No.3







リンゴの花咲く頃,いつも想う百年前のある出来事



今年もティー・ガーデン“オチャード” に、リンゴの花が咲く季節がやってきた。

イギリスの気候はリンゴの木の生育に適しているのだろう。 庭木としても人気があり良く見かける。
リンゴの花は白い花弁の所々に紅を注したように、
薄いマゼンタ色が滲んでいる。
花が満開になると木全体が薄紅色に包まれ、淡いパステル調の花塊は桜とは違う趣がある。

19世紀末ケンブリッジ郊外のグランチェスターに果樹園があり、リンゴの木がたくさん植えられていた。
“グランチェスター”はケンブリッジ大学の学生や学者達にとって伝統の散策コースである。
今から百年以上も前に、散歩に来た学生の一団が偶然リンゴの花が満開の果樹園に迷い込んだ。
この美しい光景に心を奪われた彼らは、満開の花の下でお茶を飲みたいと果樹園のおばさんに頼む。
大学に戻った彼らはこの薄紅色の木陰での“午後のお茶”体験を仲間達に言いふらした。
うわさは広がり次々と学生達がこの果樹園に押しかけ、おばさんにお茶を所望するようになった。

こんな出来事がきっかけで私のアトリエの真前にあるティー・ガーデン“オチャード” は誕生した。
4月中旬になるとティー・ガーデンの中を散歩しながら、つぼみの膨らみ具合が気になる。
その年や木によって開花時期が若干異なるが、今年の満開ピークは5月の1週であった。 

2000年5月12日 志村博  グランチェスターのアトリエにて、




 ティー・ガーデン“オチャ-ド” のリンゴの花が満開になる季節、昔の果樹園でリンゴの老木の下に
テーブルとデッキ・チェア-を置き、悠久の時の流れを感じながら、ゆっくりとお茶を楽しむ。




6月なのに、メイ・ボール(五月の舞踏会)






イギリスの学年は秋に始まり、夏に終わる。

ケンブリッジ大学では、学年末の6月中旬、各カレッジでメイ・ボールと呼ばれる舞踏会が催される。
これは、各カレッジの学生達が主催する大舞踏会なのだが、このカレッジとは七百年来の伝統を引き継ぐ
独特なカレッジ制度での“学寮”のことである。 ケンブリッジ大学には個性あるカレッジが30余りある。
そこは、教官と学生が共に学び生活する場所なのだが、詳しく説明し出すと切りがないので、本題に戻る。

メイ・ボールとは学生達にとって、学年末試験が終わった後の重要な伝統行事の一つである。
本来は5月にあったので、May Ball すなわち 「五月の舞踏会」と名付けられた。
ところが、いつしか試験期間が長くなり6月にずれ込んだため、試験終了後の6月になってしまった。
百年以上も続く伝統の舞踏会であるからして、6月になったからと言って名前を変えることはしない。

運営委員に選ばれた学生達は1年掛けて準備する。 やることも半端じゃない。
毎回テーマを決め企画を練る、一流のアーティストやエンターテナーに出演交渉をし、
カレッジの施設や中庭を最大限使い、夜の8時頃から翌朝の7時までの夜通し大パーティーを仕掛ける。
入場券は3月頃に売り出されるが、人気あるカレッジの入場券はメンバー以外の入手は困難である。

入場券はペアで2-4万円くらいはするが、夜を徹して様々なエンターテイメントが次々繰り広げられ、
徹底的に騒ぎ、踊り、飲み、食べ、遊び明かす。 夢のような一夜の代金としては決して高くない。
男性は必ずブラック・タイすなわちタキシード姿、女性はパーティー・ドレス姿、正装でないと入場出来ない。
イギリスの“エスタブリッシュメント”と言われるエリート達の誇り高く、大人としての一面が窺い知れる。

これはイギリス階級社会の縮図でもあるのだが、二十歳前後の若者がエリートとしての自覚を持つ。
私は学生ではないが、今まで数多くのメイ・ボールに参加してきた。 運営委員の学生達と仲良くなり、
映像取材を許可してもらう事も多く、私の制作するドキュメントTV番組のテーマにもなってきた。
ペアになった男女の学生達が徹夜で楽しむ舞踏会、日本の大学でやる“学園祭”なるものとは違う。





 夜の8時を過ぎた頃から街を正装した男女がそぞろ歩き、カレッジの前には美しい行列が出来る。
会場であるカレッジ内では、ダンシング・フロアが何ヶ所もあり、学生達はお気に入りの生バンドで
踊りまくる。 本場のキャバレー・ショウやカジノがあったり、遊園地のような遊具も設置され遊び明かす。




 夜宴は朝まで続く。朝食後、朝の光でサバイバーズ・フォトと呼ばれる記念写真を中庭で撮る。
解散した学生達は疲れも見せず朝の街ではしゃいでいる。 それほど、メイ・ウィークと呼ばれる
試験が終わった学年末は、ケンブリッジの町全体が開放感に包まれる。




野に広がる幸せの黄色いパッチワーク





4月から5月にかけて、ケンブリッジのあるイギリス南東部は所々に真っ黄色の花畑が出現する。
菜の花に似たこれらの花は“マスタード”と聞かされた。 近寄ってよく見ると花は菜の花そっくりであるが、
中に入ると人間が隠れてしまう程、背が高い。さっそく、本で調べてみたら、マスタードには色々な種類が
あるらしい。この地域はマスタードの名産地で主に植えられているのは2種類だそうである。
葉の形が違うので見分けられるとあるが、私には良く解らなかった。種から“西洋からし”を作るのだが、
ケンブリッジより北のノーフォーク州に大きな西洋からしの工場があったのを思い出した。
しかし、この10年くらいはマスタードから搾油用のアブラナに切り替わりつつあるらしい。

このあたりの畑は土地の疲労を防ぐため、毎年植える作物を変える。 麦、甜菜、豆などに
混ざって“マスタード”が植えられている。従って、黄色の花畑が現れる場所が毎年変わる。
今年は私のアトリエの前の畑や、散歩コースのグランチェスター・メドーの一部がまっ黄色になった。
毎年この時期になると、変化する巨大なパッチ・ワークを見ている様である。
満開の花畑の近くを歩くと黄色い花粉が降りかかり、咽るような甘い蜜の香りが鼻をつく。

私はこのHPを完成させないまま、5月中旬仕事のため日本に向かった。
いつものようにケンブリッジと ロンドンの中間にあるスタンステッド空港から飛び立った。
機上ふと窓から下を見ると、黄色いパッチ・ワークになった“マスタード”畑が点在しているのが見えた。
道などの輪郭線に仕切られた緑色と約5分の1くらいが黄色の幾何学的パターンが展開している。
それは抽象絵画を鑑賞しているようで楽しかった。

それから、飛行機はドーバー海峡を越えオランダ上空にさしかかった。
ところが、意外にもオランダの畑には黄色のパッチ・ワークは全く見られない。
気候や風土が似ているのに、海峡を渡るだけでこんなに違うものだと感心していた。
アムステルダムで飛行機を乗り換え、再び日本に向かい北ヨーロッパの上空を飛び始めた時、
再び、眼下の風景に黄色いパッチ・ワークが見えて来た。地図で確認したらデンマークの南部である。
それから、この黄色の割合は段々少なくなり10分の1くらいになったけど、スウェーデンまで続いていた。
マスタードか、アブラナか解らないけど、なぜか幸せな気分になった。



 黄色の花は少しづつ上に伸びながら約1ヶ月以上咲き続ける。
左上と右下はアトリエの前の花畑、右上はグランチェスター・メドーであるが、遠景の黄色が
“マスタード”畑で 手前の黄色は 牧草地に自生するキンポウゲの花。




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