Web Site Photo Essay Series “Shimura Hiroshi Cambridge Journal”
志村博のケンブリッジ通信

第 5号 ・ 2000年 11月28日発信 ・ 28 NOVEMBER 2000 ・ No.5


「ケンブリッジ通信」一周年記念号








伝統のカレッジ晩餐 “フォーマル・ホール”


ケンブリッジ大学には30以上のカレッジがある。 このカレッジとは「学寮」で、
学生や教官たちはこれらのカレッジの一つに属し、そこで伝統に則り共同生活している。
そんな伝統の一つが“フォーマル・ホール”と呼ばれる晩餐会である。
この晩餐風景は何百年もほとんど変っていないだろう。

カレッジに属する学生と教官は週に何回かホールと呼ばれる食堂で
正式晩餐をするのだが、カレッジによってそれぞれ形式や「しきたり」が微妙に異なる。
ほぼ共通しているのは、一段高くなった教官用の長テーブル、すなわち“ハイ・テーブル”があり、
その長テーブルと直角に学生用の長テーブルが広いホールに3列ほど並んでいる。

教官達は別室で食前酒などを飲んでから、ホールに入室するのだが、
教官たちが入室すると同時に銅鑼が鳴り、学生達は
起立する。 
それから、ラテン語でなにやら晩餐の開始を宣言する言葉が発せられ、全員着席する。
食事はスターターから始まり、ワインを飲みながらメイン・コースへと進む。

メイン・コースが終わった頃に再び銅鑼が鳴り全員起立し、ラテン語で終了が告げられる。
教官達はぞろぞろと退室し、学生達はホールに残る。 それから、
教官達は再び別室へ、学生達は無礼講となり、デザートとコーヒーがそれぞれ
出される。
それから、ホールはより賑やかになり、ベンチの上に立って演説をしたりする学生が現れる。


この晩餐にカレッジのメンバーはゲストを招待することが出来る。
カレッジにはそれぞれのゲスト規定があり、事前にメンバーはゲスト登録をする。
服装も、メンバーはガウン着用で、ゲストも正装が義務づけらる事が多い。

映画の1シーンのような光景が、ここケンブリッジでは日常的に繰り広げられている。

2000年11月28日 志村博  グランチェスターのアトリエにて、



 学園都市ケンブリッジに住んでいるので、フォーマル・ホールに招待される機会は多い。 教官の友人に
招かれて、ハイ・テーブルに座る
事もあるのだが、やはり学生テーブルのほうがはるかに楽しい。



 晩餐ではあるが、夏の時期は日が長いので日没前に食事が始まる事もある。今までにほとんど全ての
カレッジ晩餐を賞味させてもらった。 カレッジによって違いはあるものの、伝統的料理が主流で美味しい。



グランチェスター “氾濫ケム川慕情”






今年の秋、イングランド南部は記録的な洪水になった。
ちょうど洪水がピークだった11月上旬、私は日本でのTV収録のため不在だった。
災害ではあるけれど、東京にいて氾濫したケム川の美しい光景を懐かしく思い出した。
今すぐにでも、グランチェスターに飛んで帰りたい気持ちに駆られた。

ケンブリッジ辺りは平坦な地形でケム川も穏かに流れている。
洪水になると川は水位を徐々に上げ、氾濫原として周辺に広がる緑地や牧場に溢れ出す。
そのため、ケム川上流域には堤防は造らない。 川は自然の摂理にまかされる。
溢れ出した水は一時的に野に蓄えられ、下流域の増水を和らげる。

11月中旬、収録を終えイギリスに戻った時には、水位は下がり洪水は収まっていた。
しかし、 雨が降り続くと水位は周りの牧場と同じレベルまでたちまち上昇する。
上の映像は今年の秋、増水した川が牧場に溢れ出てている光景である。
このような大洪水は何年ぶりであろうか。

今まで撮りためた映像を整理していたら、1993年、グランチェスターでケム川が
洪水を起こした時の写真が出てきた。『グリーン・ノーエの洪水』などを書いた児童文学作家、
ルーシー・ボストンさんが生きていた頃の話だが、お会いした際に
彼女が私に語った一言を思い出した。 『子供達は洪水を楽しみにしているのよ。』



 溢れ出した川の水は、思わぬところに“大きな湖”を出現させる。 雨が上がり、水面に映る風景は
思わず見とれてしまうほど美しい。
ふだん見慣れている風景が全く違う顔を見せてくれる。



1万メートル上空から見た “雪と氷のアート・ワーク”






イギリスと日本は地球約4分の1周分離れている。地表の距離にして約1万キロメートルである。 
1975年に初めてヨーロッパに来て以来、いったい何回行き来きしただろうか?
イギリスに住み始めた頃は、今と比べて航空運賃も高く、理由も、余裕もなかったので、
めったに日本には帰らなかった。 最長4年間、日本に帰らなかった事もある。

イギリスの永住権を得てからは、英国の出入りが自由になり、日本でも作品を発表するように
なったことから、 頻繁に往復するようになった。 現在は1年に数回は行き来する。
暇なときにでも、パスポートに残された出入国印を数えてみようと思うが、
おそらく、100回近く1万キロの距離を往復しているのに違いない。

と言う事は、北極圏の上を200回近く飛び越えていることになる。
飛行機乗る時は窓側の席に座る。 ただ単に窓から外の景色を見るのが好きだからなのだが、
ふと窓の外を覗
くと、信じられないような素晴らしい光景が広がっている事がある。
最近は手荷物でカメラを持っていることが多いので、暇にあかして映像に収めている。

もちろん、その時の天候状態によっても、季節によっても、光景は違う。
時速1000キロで移動しているので、時々表示される現在地の地図を見ながら、
刻々と変り行く地上や空を眺め、
下にはどの様な世界が広がっているのだろうと思いを馳せる。
確かに12時間にも及ぶ飛行機の旅は疲れるが、毎回楽しみでもある。



 雲がなければ1万メートル上空からでも地表の様子はよく見える。 蛇行したまま凍てついた大河や、
大洋を漂う流氷群は、冬の時期だけの“空から見る北極圏の風物詩”かもしれない。



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