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Web Site Photo Essay Series “Shimura
Hiroshi Cambridge Journal”
第7号 ・ 2001年5月1日発信 ・ 1 May 2001 Issue・ Vol. 7 |
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![]() 英国ケンブリッジに永住し、シルクスクリーン版画作家、映像アーティスト、ビデオ・エッセイストとして 創作活動を続ける志村博が、グランチェスターのアトリエから発信する “イギリス在住 映像エッセイ” 発信元/写真・文・デザイン: 志村博
![]() ![]() 街の中心のマーケット広場にグレート・セント・メリー教会がある。 一見何の変哲もない教会だが、 ケンブリッジ大学所属の教会であり、学位授与式などが行われる大学の象徴的建物である “セネタ・ハウス”と向かい合っている。 ケンブリッジから各方角には歴史的なマイル・ストーン (1マイルごとの石の標識)が設置されているが、この教会が起点で、名実ともに街の中心である。 この春、久しぶりにグレート・セント・メリー教会の塔に登った。 週刊誌の取材に来た知人を 案内したのだが、好天にも恵まれ、早春の歴史的景観を一望しながら、楽しい時を過ごした。 しかし、 ここに至るにはちょっとした苦行がある。 すれ違うのがやっとの暗い螺旋階段を重いカメラ・バックを 担いで登らなくてはならない。 そして、やっと塔の頂上に達した時、至福の瞬間を迎えるのである。 この塔から眺める街並のほとんどは、ケンブリッジに大学が出来た14世紀以来、大学やカレッジが 何百年もかけて築き上げた中世的風景である。 伝統的なカレッジはこの一角に集中している。 コートと呼ばれる中庭を取り囲むように建てられたカレッジの重厚な建物群や、 後期ゴシック建築の 粋であるカレッジのチャペル等が並んでいて、博物館のショー・ケースを覗いているようである。
今まで、この塔に何回登っただろうか。 友人を案内した事が多かったと思うが、数え切れない。 でも、まだ風の冷たい春先に塔に登った事はごく少なく、学年末である6月下旬、学位授与式が 行われる日が最も多かった。 眼下に繰広げられる大学の伝統的行事を一望出来るからである。 |
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![]() ![]() この猫との出会いは何年前になるだろうか? 日本から訪れた友人達と一緒に夕闇が迫る頃、 グランチェスターの丘の上に立った。 遠い地平線にシルエットになった教会の尖塔や街並、 白く蛇行しながら横たわるケム川、幻想的な美しさに私達はしばし時が経つのを忘れた。 突然、 友人の一人が悲鳴を上げた。 夜陰に紛れ音もなく近づいた一匹の猫が足元に擦り寄ったのだった。 この数年来、グランチェスターの四季、日々刻々移り行く風景を写真とビデオで撮り続けている。 グランチェスター・メドーを流れるケム川を一望できる丘は撮影の定位置で、必ず行く場所である。 早朝や夕方に撮影に行くと、毛並みが美しく、体格も良い“この猫”に時々出会うようになった。 ケンブリッジに続くフット・パスが牧草地に出る辺りに出没することが多く、友達?になった。 “友達”と言っても、私の片思いで、この猫は何を考えているのか、窺い知れない。 宿敵の犬が近くを通りかからない限り、瞑想的な視線でグランチェスターの丘を睥睨している。 私が現れると喜んで擦り寄って来るのだが、抱き上げると怒るし、突然噛み付いたりする。 引っ掻き噛み付いても何の引け目も感じないらしく平然としている。 私の腕は一時傷だらけになった。 粗暴?ではあるが、野良猫ではない。 丘の上にある家の飼猫で本名はバブル、雌猫らしい。 この場所はケンブリッジの哲学者達にも愛された場所で、ウィトゲンシュタインは日々たむろしては、 仲間と議論を交わし、ラッセルはここに移り住み、毎日散歩をしながら構想を練り、論文を書いた。 グランチェスターは哲学的エッセンスに満ちている。 関係ないのだが、猫までも哲学的に見える。
冬はあまり外出しないのか、めったに会わない。 春になって、ここを通るたび無意識に目で探すが、 まだ会っていない。 イースター休暇で主人と旅行中なのか、それとも飼主共々引越してしまったのか、、 少し心配になって来た。 いつか、また再会したら、今度こそ川岸まで一緒に歩こうと思う。 |
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![]() ![]() 去年の11月から今年の3月にかけて、イングランド中部と南部は記録的な洪水に見舞われた。 世界的な異常気象と関係があるかどうか判らないが、ケンブリッジでも街を流れるケム川が氾濫をした。 ケンブリッジは川の街で、歴史的に水運で栄えた街でもあるのだが、川と街を隔てる堤防はない。 街中を流れるケム川は氾濫すると、周辺の緑地や公園に、川の水が静かに溢れ出る。 私がこの街に住み始めて27年になる。 記憶によれば今回は3回目の大洪水である。 1回目の時は80年代始めだったと思うが、私自身イギリスの洪水のイメージが掴めず何もしなかった。 その後、友人が自慢げに近くの公園が湖と化している写真を私に見せた時、少なからず衝撃を受けた。 それはあまりにも美しい“洪水風景”だったのである。 それから、私は心密かに洪水を待ち望んだ。 聞く所によれば、イギリスの子供達は洪水を楽しみに待っているのだとか。 確かにケンブリッジでは 溢れ出した川の水は、公園とか緑地の“フラッド・プレイン”と呼ばれる氾濫想定域の範囲内で収まり、 住宅地まで水が押し寄せることはごく稀である。 かつて船着き場でもあったパブの地下フロアーは 決まって水浸しになるが、洪水は想定済で床は石畳になっている。 この街では大きな被害は出ない。 洪水の事を忘れかけた1993年、2回目の大洪水が起った。 その頃使い始めた小型ビデオ・カメラも 持ち出し、ケム川が氾濫する様子を夢中になって撮影した。 その時の映像はケンブリッジ通信5号 「氾濫ケム川慕情」でも掲載しているし、1994年、私が制作したTV番組、ビデオ・エッセイ・シリーズ 「静かなる洪水」の中でも紹介した。 そして、今回、3回目の大洪水が起ったのである。 水位は刻々と変化し、洪水は断続的に起こるのだが、雨が上がると川に水位を見に行き、 好機到来とみれば、カメラ機材を担ぎ川辺に向かう。 今回撮影したビデオ映像は6時間に及ぶ。 確かに洪水は災害である。 ニュース映像は深刻な状況を伝え、事実各地で大きな被害も出ている。 しかし、自然の摂理である洪水を受け入れ、堤防も造らず美しく共存する川の街もあるのだ。
洪水は普段見慣れた川沿いの風景を一変させる。 突然、美しい水郷地帯が出現するのである。 冬であろうと人々は水と戯れ、カメラを持ち出し珍しい風景を映像に収める。 地球温暖化の影響もあり、 洪水の頻度は高まりつつある。 イギリスでも、改めて“フラッド・プレイン”の重要性が見直されている。 |
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