2002・
志村博カレンダー・ページ・Shimura Hiroshi calendar page
G R A N T C H E S T E R  E N G L A N D

2002年志村博カレンダーの情報を一年間発信するページです。
ご意見・ご要望・コメントなどがありましたら、お知らせください。

  


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  C A L E N D A R

カレンダー表紙・Calendar Cover





カレンダーの表紙はユポ・コーポレーションの協力により、半透明の合成紙“VBTW85”に
金色のインクを使用したスクリーン・プロセスで、テキスト・インフォメーションが印刷されています。
半透明のユポを通して、1・2・3月の絵柄が透けて見え、その上に金色の文字が浮かびます。
和文と英文で、Grantchesterの説明と、作者の紹介、2001年12月の日付が刷られています。


グランチェスター“春・夏・秋・冬”

英国が誇る学園都市ケンブリッジ。この街を流れるケム川を約3キロ上流に行くと、
牧歌的な村グランチェスターがある。 この村の周囲には自然あふれる田園風景が広がり、
川に沿った牧場や草原は人々の憩いの場所にもなっている。 ワーズワース、テニソン、ミルトン、
バイロン、彼らはこのグランチェスターに展開する田園をこよなく愛し、詩作に耽った。
文人達だけでなく、ケンブリッジの学者達も大学の研究室を飛び出し、この自然の中で思考を重ね、
天才的な閃きを得た。この偉大な文化を育んだグランチェスター、その季節の移ろいや、
刻々と変わる光の風景を、志村博は写真映像に収め続ける。


Grantchester 'Four Seasons'


A little corner of England where time stands still as the world outside rushes by.
Outskirts of the Universty town Cambridge, Grantchester sets among meadows beside the River Cam,
and once loved by poets such as Wordsworth, Tennyson, Milton, Byron and Rupert Brooke,etc.
The meadows remain same from those days, but changes their faces in every seasons.
Hiroshi Shimura caputures the images of Grantchester day by day, time by time.



1・2・3月/January・February・March


  


この2枚の写真は、同じ場所、ほとんど同じアングルで撮ったのだが、私の映像ストックの中から
偶然に見つけた。 ここはグランチェスターのケム川沿いに展開するメドー(牧草地)のひとつで、
ティー・ガーデン “ジ・オチャード”はこの牧場に隣接している。 写真の左手にはケム川が静かに流れ、
夏から秋にかけて、牛が放牧されている。 それ以外の季節は草原が自然な感じで広がる。

その牧場の中央に、2本の柳の大樹が絶妙な組み合わせで、聳えている。 日本で馴染みの
“しだれ柳”とは異なり、枝は垂れず上に伸びる。 正確な樹齢は不明だが、老木であるに違いない。
樹高のある“Crack Willow”らしい。 この種の柳は、日本でも北海道や本州高地の一部に見られる。
柳には、雄の木と雌の木があるのだが、この2本がカップルであるかどうかは、確認していない。

“写真/左”は1月中旬、霜が降りた朝に撮影した。 ここまで冷え込み“樹氷”が見られることは珍しい。
イギリスの冬は温暖で、雪が積もることはほとんどなく、冬の間、牧草や芝も枯れることはない。
柳の根元辺りに緑色が見えるが、木に守られ草に霜が降りなかった。 気温が上がれば、霜は解け、
また緑の草原に戻る。 高緯度のため日照時間は短く、写真のように晴れる日もあまり多くはない。

“写真/右”は、3月終わり頃だったと思うが、柳の枝から、新緑の若葉が噴き出した頃の光景である。
この頃から、日照時間は日々長くなり、気温も高くなってくる。 緑で冬を越した牧草も勢いをつける。
カレンダーに使用していない下の8枚の写真にも、この牧場と柳のそれぞれの時の表情が見られる。
イングランドの一隅に何気なく佇むメドー、この2本の柳を中心に光と影が移ろい、時が過ぎて行くようだ。


   

2002年は、美しい正月で明けた。 年末から快晴が続き冷え込んだため、霧氷の風景が広がった。
雪は全く降らなかったが、朝霧が地表の草や枝に凍りつく白い樹氷世界になり、そこに朝日が昇った。
グランチェスターでは、夜明け前、この2本の柳も樹氷になり、流れる霧から頭だけを出していた。
冬の太陽は、はるか南よりの地平線から昇る。 柳の樹間から、霧を透して光が放射状に拡散した。


   

夏の季節、この2本の老柳も、こんもりと葉を茂らせる。 幹の直径は1m以上になり、枝も所々折れ、
長年の風雪に耐えながら樹齢を重ねて来た。 この種の柳は、約200年の寿命だそうである。
私が版画作家として、活動を始めたのは20年以上前であるが、その頃の版画作品に度々登場した
“グランチェスター2本柳”は、寿命を全うして今はない。 この2本柳が少しでも長生きすることを祈る。




4・5・6月/April・May・June


  


ケンブリッジのあるイングランド南東部は「東アングリア地方」と呼ばれる。 この地方は、起伏の少ない
平坦な土地柄で、なだらかな丘があるだけである。 ケンブリッジから北の方角には“フェン”と呼ばれる
海原のように平らな平野が広がっている。 南の方角はやや起伏があり、なだらかな丘が連なっている。
その一番ケンブリッジに近い丘がグランチェスターである。余りにも低いので一般に“丘”とは呼ばない。

ケンブリッジの北に広がるフェン地方はかつて湿原であり、現在のケンブリッジ市街も沼沢地であった。
グランチェスターの低い丘は、ケム川の洪水を避けるには最適の場所であったのだろう。 記録によると、
青銅器時代から人が定住した場所で、ローマ時代には、イギリスに進駐したローマ軍の集落もあった。
地名にチェスター(ラテン語で町)がついているので明白である。 ケンブリッジより歴史が長いのだろう。

“写真/左”は、日の出前にグランチェスターの丘の上から東を望んだ光景である。 早朝、川霧が
谷間を流れ、地平線が白み始める。 ケム川は霧に隠れて見えない。夜明け前の荘厳な一瞬である。
“写真/右”は、牧場から丘を見上げたアングルであるが、余りに低いので、丘があるように見えない。
方角は西で、朝日が昇り、朝の光に牧場の草や木々が順光に、輝いている。 晴上がると青空が深い。

4月から6月にかけての季節は、日が長くなる時期で、6月になると朝は午前3時頃から空は白み始め、
夜は午後10時過ぎまで明るい。 ケンブリッジは北緯52度の高緯度なので、夏至の頃は、白夜に
近くなる。 そのため、神秘的な夏至の夜明けを見るためには、かなり早起きをしなくてはならない。
ジューン・ブライド(6月の花嫁)の言葉が示すように、この時期はイギリスが最も明るく、輝く季節である。


   

“写真/左”の撮影位置は、丘の上で必ず立ち止まる私の気に入りの場所である。 そこからは、丘を
迂回し流れるケム川や、牧草地、遠くケンブリッジのカレッジの塔や、教会の尖塔などが、見渡せる。
吹き渡る風の音や、鳥の囀りを聞きながら丘の上に立ち止まる。 日々刻々と変化する光の中、
季節ごとに移ろう草原の色や、どこまでも広がる空を眺めていると、自然の中にいるのだと感じる。


   

“写真/右”は、なんの変哲も無い牧場風景である。 正面の森の中に、小さな丘が隠されているとは、
言われても気づかない。 立つ位置を移動すると木々の間から丘に建つ“邸宅”の一部が見えてくる。
コラム右2枚の写真は、この牧場から丘と反対の方角を見た光景で、右端は春先の川縁から対岸と
東の空を望んでいる。 この牧場に牛が、放牧されるのは6月の終わりから11月頃の間だけである。




7・8・9月/July・August・September


  


夏至が過ぎて7月になると、徐々に日が短くなる。 そして、イギリスは麦など穀物の収穫時期を迎える。
麦畑は緑色から、黄金色に変り、たわわな麦穂を風にゆらすようになる。 日本のような梅雨はなく、
夏は比較的乾燥している。 7月になっても、気温が30度を超える“暑さ”は稀で、20度半ばを推移する。
たとえ暑くなったとしても、蒸し暑さはない。 8月はすでに秋の気配が漂い、9月はもうすっかり秋である。

上の2枚の写真は、全く同じアングルで撮った“正午頃”と”日没直後”である。 方角は西を向いている。
この小道は、公道でなく農場へと続く私道である。 周りのフィールドは畑や牧草地が展開し視界が広がる。
畑には麦類や、菜種、豆、甜菜など様々な作物が、毎年場所を換えながら作られている。 作付け規模が
大きいので、開花時期や収穫期には、1面が1色に染まる。 菜種の黄色、麦の黄金色、亜麻仁の青紫色。

私のアトリエからは南側になる。 ケム川沿いの人気スポット“グランチェスター・メドー”とは反対側で、
観光客が訪れる場所ではなく、農業用トラクターなどが時折り通るだけの静かな小道である。
朝夕の一時、地元の人達が犬を連れて散歩したり、近くの牧場に向う馬が、のんびり歩いていたりする。
この小道で、写真を撮っていると、顔見知りになったトラクターの運転手や、馬上の人が挨拶をして行く。

実に長閑などこにでもある田園風景であるが、西側に広がる地平線の風景は“絶景”であると思う。
穏やかな丘になっているからなのだが、街から近く、しかも一直線の地平線が見えるところは、他にない。
彼方には2つの村が潜む。 グランチェスターを愛した詩人ルパート・ブルックも、日没の情景を詠っている。
"Sunset still a golden sea from Haslingfield to Madingley"ブルックも、ここから夕日を見ていたのだ。


   

この並木は夕方、西の空を背景に見る時が、1番好きである。 木々はまだ若く、奔放に枝を広げて行くが、
狭い小道を行く大型トラクターの邪魔にならないように、時々内側の枝打ちをされている。 そのため、
ちょっと、不思議な形になっている。 微妙に視点を変えながら、木々の重なりを見て行くと、空との対比で
不思議なコンポジッションに行き当たる。 8月の収穫後、畑に入り新しいカメラ・アングルを探してみよう。


   

私のアトリエの階上から、この並木が見える。 南側の窓から眺めると木々が風景のアクセントとなり、
四季折々変化する一幅の絵画をみているようである。 畑の作物によって配色やコントラストが変り、
晴・曇・雨・霧と天候によっても、色調が微妙に変化する。 今年の春、並木に沿って新しい馬用の柵が
立てられた。 中にジャンプ壁を置き、時々乗馬の調教をしている。新しい風景に変わりつつあるようだ。 



10月・11月・12月/October・November・December

  


秋分が過ぎ10月になると、秋の深まりを感じるようになる。 日々に日没時刻が早くなり、日の出も遅くなる。
天気は変り易く、徐々に気温も下がり、曇りがちの日が多くなる。 イギリスは日本に比べ、遥かに緯度が
高いので 1年を1日の時間経過に置き換えると、感じが掴める。 元旦は午前0時、7月1日を正午とすると、
10月−12月は、午後6時−真夜中になる。 暗い季節の到来である。 カレンダーも最後のページになった。

爽やかな夏が終り、つらい季節の始まりなのだが、グランチェスターは夏の賑わいから解放され、いつもの
落ち着きを取り戻す。 牧場の散策で出会う顔ぶれも、常連だけになってくる。 風は冷たくなってくるが、
暖流のおかげで、真冬でも気温はそれ程下がらない。 北国ではあるが、この時期、雪が降る事は稀で、
積雪もないので、散歩が出来なくなる事はない。 街は対照的に、クリスマスの飾り付けで華やいで来る。

霧も多く出るようになるが、晴れれば空気は澄み、昼間でも傾いた太陽に、風景はやさしい輝きを見せる。
太陽光線は、夏よりも長い空気層を通過するため、色バランスに赤みを増す。 青空を背景に、やや赤みを
帯びた木々や、紫雲は、この季節ならではの光景である。 木々は葉を落とし、空は更に広がりを見せる。
冬の夜明けは遅くなるので、特に早起きをしなくても、運が良ければ、美しい朝焼けを見ることも出来る。

上の2枚の写真は、グランチェスター・メドーを流れるケム川の風景である。 立っている場所は全く同じで、
左は下流で北を、右は上流で南東を望んでいる。 川がほぼ直角に丘を迂回している岸辺で撮影した。
1−3月、4−6月の写真の場所とは、100mも離れていない。 グランチェスター・メドーの“中心地”である。
左の写真は晩秋の午後、右の写真は冬の早朝、日の出位置も南東に移り、冬至の頃、川の正面になる。


   

川岸のこの位置に立って、何枚の写真を撮っただろうか。 四季折々、時刻によってその表情を変える。
ケム川の流れは緩やかで、風景を上下対称に映し出す。 西岸はなだらかな丘の裾野で、東岸は畑野が
広がり遥か遠くに森の茂みが見える。 川岸には、柳やトネリコの木が枝を広げている。 柳は護岸にも
役立つが、時々枝を落とし、バスケットの材料にもされている。イングランド田園の典型的な光景である。


   

この地点からケム川の上流を見ると、行き止りになっているように見える。 この先川は再びほぼ直角に
曲折する。 この辺りの川は、平坦な地形を流れる川の常として、自由奔放に蛇行しているように見える。
河川管理の方針で、コンクリートの護岸を避け、自然の景観を保つようにしている。 無粋な堤防はない。
ケンブリッジから上流域のケム川風景は、今後も永遠に変わることなく、多くの人々を魅了してゆくだろう。



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