Web Site Photo Essay Series “
Shimura Hiroshi Cambridge Journal Diary”

 
ケンブリッジ通信 フォト・ダイアリー
 
バックナンバー 011

 



発信元/写真・文・デザイン: 志村博


 
   
     
  『 9月も終ろうとしています。 久しぶりに街の中心部に出かけました。 観光シーズンも最盛期を過ぎて、
 ケム川にも、やや落ち着きが戻って来ました。 相変わらず、好天気が続いています。 まだ9月が終って
 いないので、統計は確定していませんが、ケンブリッジでは、記録的に降雨の少ない9月になりそうです。
 10月から、ついに志村博・2002カレンダー最後のページになります。 今年も残すところ、僅か3ヶ月です。
 カレンダー・サイトにも、10-12月の最終稿を追加掲載して完結しました。 参照>「カレンダー・ページ」』 
 2002年9月下旬某日



 
   
     
  『 曇り空が続いていましたが、下旬になると再び“秋晴れ”が戻ってきました。 ティー・ガーデンの林檎の
 木にも、赤い実がついて秋たけなわです。 歴史的訪朝から、拉致事件の実態が明らかになり、日本中に
 衝撃が走っていますが、日本人拉致に関するイギリスの報道は、イラク情勢の陰で、殆ど目立ちません。
 そんなおり、イギリスで10年ぶりの“地震”がありました。 震源地である、イングランド中部では、屋根から
 タイルが落ちる程度の、わずかな被害が建物に出ました。 地震国日本では、日常茶飯事の小地震です。
 しかし、イギリスでは大事件!終日ニュースのトップ扱いで大騒ぎです。 所変ればニュースも違います。』 
 2002年9月下旬某日



 
   
     
  『 東京は、最近雨が多く、めっきり涼しくなったそうですね。 ケンブリッジも、9月半ばを過ぎた頃から、
 厚い雲が空を覆い、雨は降らないものの、曇り勝ちの暗い天気に変りました。 グランチェスターのいつも
 通る散歩道に、変った色のダリアが咲いています。 朱色と黄色の配色は曇りの露地裏でも、鮮やかに
 映えて、思わずカメラを向けました。 ダリアと言えば、グランチェスターとのある関りを、思い出しました。
 現在のアーチャー邸は、19世紀にダリアの品種改良と栽培で、巨万の富を得た家族が住んでいた邸宅で、
 当時は、ダリア畑がこの辺りに、広がっていたそうです。 球根の主な輸出先は帝政ロシアだったとか!』 
 2002年9月中旬某日



 
   
     
  『 中旬になってケンブリッジには、再び秋晴れの爽やかな日が戻って来ました。 青空に白雲が浮かび、
 平和そのものです。 ちょうど1年前の“9月11日”は私が日本に向った日でした。 スタンステッド空港は、
 飛行機が飛び立った直後に閉鎖され、間一髪でイギリスを出立しました。 NYテロ1周年の特別番組が、
 ほとんど1日中テレビで流されました。 その映像を見るたびに、途中に立寄ったフランクフルト空港での
 異様なざわめきと、ラウンジで流されていたNYテロの中継映像を思い出します。 今年の秋も、番組収録
 などのため日本に行く予定ですが、10月になって行くことにしました。 今はもう少し、秋を見届けます。』 
 2002年9月中旬某日



 
   
     
  『 ケンブリッジ市の南側には、自然溢れるカントリー・サイドが広がっています。 中心部から僅か3kmに
 あるアトリエの庭にも、野生の鹿がやって来ます。“マンク・ジャック”と呼ばれる小型の鹿で、とても用心
 深く夜行性なので、撮影に成功したのは数回だけです。 向かいのティー・ガーデンでも、早朝の散歩で、
 出くわした事があります。 近くに大きな森があるので、そこから来ていると思うのですが、森との間には、
 ケム川が流れ、車も通る橋が一本架かるだけです。 あの橋を深夜渡ってくるのでしょうか?不思議です。
 9月初め、昼間の庭で目撃しました。 鈴なりのブランブル・ベリーや、落ちたプラムを食べているようです。
 臆病者の彼らが、窓の私に気付いても逃げません。 冬に向って、栄養を蓄える必要があるのでしょう。』 
 2002年9月上旬某日



 
   
     
  『 9月になって日の入りの時間が急に早くなって来ました。 8月の午後8時は、まだ太陽が西空に輝き、
 “昼間の続き”だったのですが、今はもう午後8時前に日は沈みます。 秋分の日も、そう遠くありません。
 つるべ落としの秋の夕暮れです。 夕焼けの光景を撮影するために、地平線が広がる草原に立ち、遅い
 時間まで粘る必要はなくなりました。 さて、前コラムで“ジェフリー・アーチャー再会”の事を書きましたら、
 早速、日本の愛読者から問合せメールを頂きました。 J.アーチャー本人からの情報では、丁度“新作”を
 書き終えたそうです。 英語版の出版は11月頃に、日本語版は来年春になるようです。 お楽しみに!』 
 2002年9月上旬某日



 
   
     
  『 9月初日、ケンブリッジは素晴らしい好天の日曜日になりました。 この日の午後アーチャー邸の庭で、
 実に7年ぶりの“詩人ブルック一人芝居”が演じられました。 俳優マーク・ペイトン氏の自作自演劇です。
 チャリティー公演なのですが、ゲストにはグランチェスターの主要メンバーも勢揃いしました。 秋晴れの
 空の下、手入れの行き届いた芝生の上での熱演は、何度見ても感動します。 公演の後は、庭での
 ティー・タイムです。 そこで、邸宅の主、ジェフリー・アーチャー卿と会いました。 実に、1年半ぶりです。
 彼は“収監中”の身の上ですが、週末は家に戻れるようになりました。 以前と全く変らず、とても元気で、
 “毒舌”も健在です。 私との会話、J:「お前さんだな!うちの猫に餌をやっているのは。」、S:「何を言う!
 奴らは、もう俺の猫だ。」 何かとても、嬉しくなりました。(注:餌はあげていません。参照>「猫エッセイ」
 2002年9月上旬某日



 
   
     
  『 8月終り、メドーで草を刈っている人達を“目撃”しました。 牧草地ゆえ、草を刈るのはそんなに不審な
 事ではないのですが、刈り方が変です。 数人で、まるで芝を刈るように丁寧に刈っています。 数日後に
 立派なマーキー(大テント)が張られました。 週末の夕暮れから夜中にかけて、ここで結婚披露宴が、
 開かれるのだそうです。 その夜、暗くなって様子を覗いた時は、ローソクの光だけで食事をしていました。
 仄かな灯りの中、良いムードだったので撮影は遠慮しました。 自然の中での祝宴は、深夜になって、
 大いに盛り上がったようです。 時間に束縛されず、周囲に気兼ねない、“メドー”の素敵な利用法です。』
 2002年8月下旬某日




 
   
     
  『 オーナメンタル・パンプキン即ち“観賞用かぼちゃ”なるものを、始めて見たのは、かなり昔になります。
 イギリスに来た当初 、花屋の店先で、籠に入れられ売られていた不思議な物体に、しばらく足を止めて
 見入ってしまいました。 こぶしほどの大きさで、表面には縦縞の模様や粒々の突起があります。 訊くと、
 インテリアの飾りにするのだとか! 今年の5月頃、古い実があったので、種を取り出し、蒔いてみました。
 ほとんどの種が発芽したので、たくさん苗が、出来てしまいました。 仕方ないので、庭のあちらこちらに、
 植えておいたら、8月の中頃には様々な形や色をした“かぼちゃ”が庭を彩りました。 変色してきた葉を
 取り除き、実だけを残して鑑賞していましたが、茎も枯れてきたので収穫?してしまいました。 秋です。』
 2002年8月下旬某日



 
   
     
  『 下旬になると、気紛れな“夏陽気”は呆気なく終り、いつもの、ひんやりした初秋の空気に戻りました。
 最近、まとまった雨は、降らないのですが、秋を思わせる分厚い雲塊が、空を横切って行きます。 これで、
 2002年・夏は終わりました。 6月から様々なことが、起こりましたが、充実した夏だったように思います。
 そんな風に、センチメンタル?な、気分にさせてしまう“光と風のドラマ”が、連日、雲間に展開されます。
 やり残した事も多くあるのですが、気分一新させて“秋のプロジェクト”を本格的に始動させるつもりです。
 グランチェスターでの作品展、新しいビデオ・エッセイ作品や、大学での講演など、、、忙しくなりそうです。』
 2002年8月下旬某日

 改行位置は文字サイズを “中(M)” に設定して構成されています。


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