Web Site Photo Essay Series “
Shimura Hiroshi
Cambridge Journal Diary”
ケンブリッジ通信 フォト・ダイアリー
バックナンバー 020
発信元/写真・文・デザイン: 志村博
『 東京は“梅雨冷え”とかで比較的気温の低い日が続いています。 暑さの苦手な私としては、大歓迎
なのですが、雨がよく降るので、出かけるのも億劫です。 カレンダーの仕事が忙しく、ほとんど外出して
いませんでした。 滞在も最後になり、ついにチャンスが来ました。 下町の実家へ行く途中に“寄り道”を
しました。 “晴海トリトン・スクエア”です。 開発後、初めて来たのですが、変貌ぶりと予想外の面白さに、
カメラ片手に歩きまわり、思わず時を過ごしました。 子供の頃、自転車で“ハゼ釣り”に来た場所です。』
2003年7月中旬某日
『 7月に入り、再び日本行きのフライトに搭乗しました。 実に今年6回目の日本行きで、年内にあと何回
往復するか不明ですが、新記録の年になることは間違いありません。 約10日間の東京滞在で、2004年
カレンダーの印刷校正などをする予定です。 さて、真夏期の北極圏上空飛行中は、全く暗くなることは
ありません。 真夏以外は雪に覆われ、白一色の北極海沿岸も、雪解けで境界線がはっきり分かります。
北極海の氷も亀裂が走り、海面が顔を覗かせています。 北極は夏でも、東京はまだ梅雨のようです。』
2003年7月上旬某日
『 ロンドンの中心部に、私の版画作品を夏の間だけ展示するギャラリーが出来ましたので、久しぶりに
大都会ロンドンに出ました。 繁華街の雑踏や騒音には少しうんざりしましたが、やはり活気があります。
所用を済ませた後、いつもはピカデリー地区やコベント・ガーデン辺りを散策するのですが、数年ぶりに、
ビクトリア駅近くを歩きました。 鉄道駅構内も明るくなり、新しいショッピング・センターも出来ていました。
ガラス張りの天井から、青空が望めます。 伝統の首都“ロンドン”にも、新しい顔が次々と出現中です。』
2003年6月下旬某日
『 グランチェスターの小道では、フォックス・グローブ(狐の手袋)の花が咲き始めました。 開花時期は
6月から9月と長く、ラッパのような大きな花を次々と開きながら上に伸びて行きます。 狐の手袋と命名
されているのは、キツネの手?にすっぽり入るような大きさと形だからでしょう。 この愛らしい命名から、
想像しにくいのですが、毒のある植物です。 しかし、伝統的にバーブ療法の薬剤で、現在でも強心剤の
原料になっています。 野草で広く野に繁茂していますが、昔から神秘的で魔法の植物とされています。』
2003年6月下旬某日
『 梅雨の東京から戻ったケンブリッジは、爽やかな初夏の日々が続いていました。 ここ学園都市では
学年末の風物詩である学位授与式が、連日執り行なわれ、街中が華やいでいます。 しかし、学生達に
とっては、厳しく勉学の成果が判定され一般に公表される季節でもあります。 ケンブリッジ大学講堂の
“セネタ・ハウス”の正面には、学年末試験の成績結果が科目別に掲示されます。 もちろん実名入りで、
誰でも見ることが出来ます。 発表直後は大変な人だかりですが、授与式の頃まで“公示”は続きます。』
2003年6月下旬某日
『 弟の突然の訃報に、慌しく飛んできた日本でしたが、多くの方々の暖かいお心使いや協力によって、
素晴らしい形で、冥福を祈る事が出来ました。 弟のおかげで、旧友との再会を果たせましたし、新たに
多くの方々とも、お知り合いになれました。 これからも、よろしくお願いします。 再び、イギリスに帰って
来ました。 飛行機はロンドン上空を通過してヒースロー空港に向かいました。 何気なく赤外線映像で、
覗いたら無彩色の市街地に、樹木だけが緑色に浮かびました。 夏のロンドン郊外は、緑陰の街です。』
2003年6月下旬某日
『 週末の夜に、今回の滞在で、はじめて六本木ヒルズ・ハートランドに行きました。 グランチェスターの
映像が流れる大画面の前のカウンター・バーで、久しぶりに会った友人や、ハートランドをプロデュース
した山田さんと、ハートランド・ビアを飲みながら、しばし寛いだ時を過ごしました。 六本木ヒルズは、夜も
多くの人で賑わっています。 ハートランド入口が夏向きに少し変わりました。 外にもテーブルと椅子が
並べられ、照明や植物も加わり、ヨーロッパ的な雰囲気です。 映像イベントも、また開催する予定です。』
2003年6月下旬某日
『 日本に来てから、梅雨空が毎日続いていましたが、気の早い台風が梅雨前線を吹き飛ばしたようで、
突然、梅雨明けしたような陽気になりました。 東京滞在中は、いつも徹夜で仕事をして、朝方一眠りする
変な生活をしています。 久しぶりに仕事場の窓から“朝焼け”の空を見ました。 昼間は気温が上がり、
異常な暑さです。 やや涼しくなった夕方に、打ち合せも兼ねて、サンシャイン60展望台に出かけました。
ちょうど夕日が地平線に沈もうとしている頃でした。 お悔やみメールを、多く頂きました。 再感謝です。』
2003年6月中旬某日
『 着いた東京は、梅雨の最中でした。 6月14日、赴任先のパナマで急死した弟、志村茂のお別れ会が
築地でありました。 時折雨がちらつく梅雨空にもかかわらず、400人近くの方々が献花に訪れて下さい
ました。 会場で読み上げられたご弔辞は、いずれも心がこもった素晴らしいものでした。 兄弟と言えど、
互いに海外での活動がほとんどで、会う機会も少なく、頂いたご弔辞によって、新たに“弟”を知りました。
茂のために、永遠に残すサイトを開設する予定です。 お別れ会に来て下さった方々本当に感謝です。』
2003年6月中旬某日
『 再び、空高く飛び上がりました。 今年に入って、もう5回目の日本行きであることに、気が付きました。
飛行機に乗って、1万キロを一気に移動することには、もう何でもないことですが、雲の上の世界に身を
置くことには、毎回感動に似た気持ちになります。 最近は“赤外線撮影機能”のついたビデオ・カメラを
機内に持ち込んでいます。 夏の季節は上空も霞んでいます。 この機能をONにして、小窓から外界を
覗くと、肉眼では見えない澄んだ“時空”が浮かびます。 天国があれば、こんな光景かも知れません。』
2003年6月中旬某日
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