英国特集・第6号/スチュワード・コミュニケーションズ(株)発行/丸善(株)発売
2007年3月31日
特集 こんな旅がしてみたい!
「ルパート・ブルックが愛したティールーム物語」
写真・志村 博 文・野村
佳子/志村 博

学生の声で生まれた果樹園でのティータイム 文・野村
佳子
「おお、グランチェスター! そこには平和と、神聖なる静寂がある」。
かつてこ こに暮らした詩人、ルパート・ブルックはそう詩に謳い、
戦場の地において望郷の念 を募らせた。 ケンブリッジから南に約3キロ。
愛らしい茅葺き屋根の家も残るこの村、グランチェ スターに、ティーガーデン「オチャード」はある。
名前の通り、そこは果樹園のテ ィールーム。庭のデッキチェアに腰を降ろすと、
木もれ陽のきらめき、葉ずれの音、 そして緑の風が詩人の言葉となって囁きかけてくる……。
"There's peace and holy quiet there "ブルックはケンブリッジの学生だったが、
ティーガーデンの始まりも学生たちが果 樹園の女主人にお茶を所望したのが
そもそものきっかけだ。果樹の下で過ごすお茶の 時間は噂となって広まり、
1897年にお店として正式にオープン。20世紀初頭には、 ブルック初め、バージニア・ウルフや
E・M・フォスターなど多くの文人たちの集う 場所としても知られることになった。
その後、閉鎖の危機を経験しながらもそれを乗 り越え、オーチャードは今、
新たなる実りの時を迎えている。
グランチェスターへは、ケム川添いのフットパスを歩いて、あるいはケンブリッジ から
貸し自転車で行くのもいいだろう。もちろんパントに乗って川を下っていくのも 他にない楽しみだ。
そしてちょうど喉の渇きを感じる頃、村に到着、「オーチャード」 でひと息というわけだ。
さて、冒頭のブルックの詩はこう結ばれている。 「教会の時計は三時十分前のままだろうか?
お茶のための蜂蜜はまだあるだろう か?」。 これはかつて村の教会にかかった柱時計が
2時50分で止まったままだったこ とに由来する。
詩に謳われたままの穏やかさと静けさに囲まれた幸福なお茶のひとと きは、
今も変わることがない。
閉鎖の危機を乗り越えて、刻まれてゆくオチャードの歴史 文・志村
博
初めて「オチャード」を訪れたのは、30年以上も前のことである。
その後もケンブリッジに住み続けることになった私が、 このケム川のほとりにある
“ティー・ガーデン”と深い縁で結ばれるとは、 その時、思いもしなかった。
私がアトリエをグランチェスターに移した1988年は、 過熱気味の不動産ブーム時代で、
「オチャード」は閉鎖され、 宅地として売りに出されていた。
まさに、「オチャード」100年の歴史に幕が下ろされようとしていた時、 “ある人物”が、
自己資金を投じ、土地を買い取り、 「オチャード」を再開させた。
その後も、厳しい時代は続き、 難題が降りかかるが、様々な努力で、危機的な状況を脱し、
完全なる復活を果たす。 その人物はロビン・カラン氏。
1990年代より、私は彼と意気投合し、 「オチャード」の復活に協力、
「ルパート・ブルック協会」の設立にも関与してきた。 カラン氏との友情は、今日も続く。
日々、グランチェスターの野や川辺のメドーを歩き、 「オチャード」でお茶を飲みながら、
四季の移ろいを映像に収めている。
写真・上: ロビン・カラン氏(左)と志村博。 2007年3月撮影
かつて、詩人ルパート・ブルックが住み、現在はカラン氏の自宅である“オチャード・ハウス”にて、