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| サフォーク州の海岸線は北海を挟み、北ヨーロッパの国々と対峙している。 中世よりヨーロッパ大陸との交易が盛んに行われ商業や造船業で賑わう場所であった。 しかし、20世紀始めには繁栄は都市にのみ集中し、長い海岸線は寒村だけが取り残されていた。 当時、ロンドンで活躍した劇作家スチュアート・オジリビーは、故郷が寂びれた事を悲しんだ。 彼は受継いた膨大な遺産を注ぎ込み、この地に芸術的な理想郷を創造する。 それは今から 100年近くも前に、イギリスの片田舎で繰り広げられたユニークなテーマ ・パークの建設であった。 様々な時代様式の家を建て道を作り“リゾート開発”を進めるが、当初は物笑いの種であった。 ポストミル式の風車を地下水汲みあげ用に移設し、給水タンク塔を"雲上の家"に作り変える。 広大な人工池を作り、子供達のために冒険の国を作る。 しかし、入居募集が始まると同時に 第1次世界大戦が勃発、その後も様々な困難に直面するが、彼の信念は受継がれ今日に至る。 ●< 目次に戻る | |||
ケンブリッジからケム川を約3キロ遡った所にグランチェスター村がある。 川沿いには牧草地が 広がり心休まる場所として多くの大学人に愛されてきた。 20世紀の始め詩人ルパート・ブルックは ケンブリッジ大学の学生であった。優秀で将来を嘱望されていたが、その頃カレッジに蔓延した 政治運動に巻き込まれ疲れ果てる。 大学院に進んだブルックはグランチェスターに移り住む。 彼はこの村の生活を心より愛し、4年半をここで過ごす。やがて、彼のカリスマ的な才能は開花し、 文壇に彗星のように登場するが、第一次世界大戦中27歳の若さでで戦場に散る。 1999年8月24日グランチェスターにあるティー・ガーデン『ジ・オチャード』の一角に “ルパート・ブルックの記念館”がオープンした。 この記念館はブルックの詩を愛する人達が協力を して建てたささやかなものだが、開館式は多くの仲間達が集まり、和やかに進められた。 めまぐるしく移り変わる世界の中で、この一隅は永遠の時が止まっている。 ●< 目次に戻る | |||
英国中部を南北に走るペナイン山脈、その南端にはなだらかな丘陵地帯が広がる。 19世紀英国文学史上に名作を残したブロンテ3姉妹はそんな里に育った。 ハワース周辺の風景は 感受性の強い彼女達の想像力を湧かせ多くの小説を生んだ。 ハワースの旧市街は観光客向けの店が多く、かつてブロンテ家族が住んでいた牧師館も “ブロンテ博物館” になって、今は人気ある観光地のひとつとなっている。 しかし、ブロンテ姉妹が 生きた19世紀中頃、 村の衛生状況は悪く幼児の死亡率が高かった。 そのためか平均寿命は わずか26歳であったという。 イギリスが国力を増した輝けるビクトリア時代の暗い面が見え隠れする。 そんな時代、ハワース周辺に広がるムーアにブロンテ姉妹はよく散歩に出た。 一面のへザーが 花咲く丘は穏やかな初秋の夕日に照らされ 薄紫色に輝く。 彼女たちは自然の中で 物語や想像の 世界に戯れる日々を送った。 3姉妹が愛した田園風景は1世紀半も経った今日も変わらない。 ●< 目次に戻る | |||
英和辞典でムーア-Moorという単語を引くと「荒れ地、荒野、排水の悪い高原地帯」などと出てくる。 そのイメージから木も生えない荒涼とした土地を思い浮かべるかもしれない。 しかし、イギリスの国定公園に指定された美しい景観の地域多くはムーアの風景である。 なだらかな丘陵が続く高地にはへザーと呼ばれるつつじ科の潅木が茂り、夏の終りには一面に 赤紫色の花をつける。 谷間には所々に森が広がり、牧場やこじんまりとした村落が点在している。 北ヨーク・ムーア国定公園にもそんなムーアの景観が広がっている。 1836年、蒸気機関車の発明者で鉄道王とも呼ばれるジョージ・スティーブンソンは、このムーアを 縦断する鉄道を開通させる。 ちなみに、日本人が蒸気機関車を初めて目にするのは、この35年後の 1871年になってからである。 1960年代に、この路線は一時閉鎖されるが、熱心な鉄道愛好者達の 協力もあって、1973年、北ヨーク・ムーア鉄道として蘇った。 それ以来、 春から秋の約半年間一日5−8往復、ムーアの中を蒸気機関車が走っている。 ●< 目次に戻る | |||
ケム川は学園都市ケンブリッジを流れ、ウーズ川と合流して北海に注ぐ。 ケンブリッジからの上流域は川幅が狭くなり船舶の航行は不可能になる。 両岸は牧草地や森が続き、 自然溢れる田園風景の中を川はゆっくり流れる。 ケンブリッジ市の中心から僅か3キロ上流に牧歌的な村、 グランチェスターがある。 この川辺の散歩道はかつてケンブリッジに学んだ文人達 ミルトン・テニソン・ ワーズワース、そしてバイロンがこよなく愛した場所である。 この地点は北緯52度、日本辺りでは樺太の北部と同じ緯度である。 このため夏は日が長い。 私のアトリエはこのグランチェスターにあり、夏の日の夕方カヌーを担いでケム川に向かう。 夕方6時を過ぎても陽は高く、斜めから射す光線は水面や川辺の森の陰影を際立たせる。 堤防を築かない自然の摂理による川の管理は美しい景観を保つだけでなく、野生動物にも優しい 環境を守っている。 そんな光の情景の中をカヌーはゆっくりと進み、ビデオカメラは 岸辺で寛ぐ人達や白鳥、そして、カヌーを練習するスカウト団の子供達の姿を捉えて行く。 ●< 目次に戻る | |||
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